
~Maestro Juan Tamariz episode 0 ~ 見えなくてもマジックは伝わる
その時、本当にすごいものを見た。
2011年のFISM Asiaは、アジア地域のマジシャンたちが競うFISM公認の国際マジック大会で、2011年12月に香港で開催された。
大会ではコンテストだけでなく、世界的なマジシャンによるガラショーやゲスト出演も行われる。
国際色の非常に強い大会であり、優秀な出場者にとっては、世界大会FISMへとつながる重要な舞台でもあった。
そんな世界各国からプロ・アマを問わず、多くのマジシャンが集結していた大会の最終日。
ラストを飾るガラショーは、一般のお客さんも含めて1000人以上を収容できる、とても大きな会場で行われ。しかも、客席の約3分の1がマジシャン。
考えてみれば、かなり異様な空間である。
そんな第一線で活躍するマジシャンたちと、一般のお客さんの両方を唸らせる豪華なゲストたちが、最後のショーを飾っていた。
心配になるほどの盛り上がり
当然、そのショーは凄まじかった。
トリ前ですら、ボーリングの球が宙を舞い、ジャグリング行い、火を吹き、照明と音響を自在に操る。
とにかく、とてつもない迫力で会場は大熱狂。
大トリ前だというのに、ついにはスタンディングオベーションまで起きた。
僕は思った。
「トリ前でここまで盛り上がって…一体、大トリはどうなってしまうんだろう?」その時だった。
照明と音が、
ピタッ――
と消えた。
暗転した会場の中、司会者の声だけが響く。
「それでは皆様、ご紹介しましょう。ホアン・タマリッツ!」
ものすごい歓声と拍手。
その中をたった一本のピンスポットに照らされて登場したのが、マジック界のレジェンド、ホアン・タマリッツ氏その人だった。
1000人を魅了した片手に収まる魔法の道具
僕は考えた。
人が消えたり分裂したりするイリュージョンですら小さく見えてしまうほどの大ホール。「こんな大きな会場で、一体どんなマジックをするんだろう?」
しかし、彼が手にしていたのは――
どこの家庭にもある、ごく普通のトランプ一組
「そんなバカな!?」
「見えるはずがない!」
「こんな大きな会場で?」
その瞬間、僕にマジックを教えてくれた先生方の話が蘇った。
「昔のレジェンドたちのマジックはすごかった。スクリーンもプロジェクターもない時代に、手元で行うマジックを大ホールの観客に向けて演じていたんだから」
正直、僕はどこか眉唾だと思っていた。
先生方は、その姿を実際に目にしていたのかもしれない。けれど、僕がマジックを始めた頃には、名だたるレジェンドたちの多くはすでにこの世を去っていた。
残っているものは文献や口伝。
良くても、わずかな映像資料だけ。
「本当に、そんなことができるのか?」
ずっと、そう思っていた。
しかし、その疑問への答えが、その日、目の前にあった。
魅せるそして伝える
1000人以上のマジシャンと一般のお客さんを引きつけ、魅了し、笑わせ、そしてどれだけマジックが素晴らしいものなのを伝え、拍手喝采を巻き起こすタマリッツ氏の姿。
そして、いつの間にか肉眼では見えるはずもないほど小さな「選ばれた一枚のカード」が当たったことに興奮し、席から立ち上がり、夢中で拍手と歓声を送っていた。
見えていないのに、そこで起きているマジックがはっきりと伝わっていた。
そして、その場にいる1000人以上の観客が、一組のトランプによって同じ時間を感情を共有していた。
僕が学びたかったのは、これだ。
これしかない。
そう思った。